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  プロフィールです

              

 
 訪問していただきありがとうございます。

 「開節法整体院ほっと&ホット」の院長をしております、

 福田義大(ふくたよしひろ)と申します。 

 妻と一姫二太郎の4人家族です。

 1965年生まれ、今年四十路に突入してしまいました。

 ホームページに書いたように、武道歴はやたらと長く、

 40年間のほとんどを費やしたと言っても過言ではありません。

 まあ、武道というか格闘技というか人の身体や動きには興味を持ち

 非常にたくさんの時間関わってきたことは確かで身体については

 いろいろ詳しくなったと自負しております。

 だれでも幼少期は「ヒーロー=カッコイイ=強さ」という図式がある

 ものですが、武道の世界に本格的に興味を持ち始めたのは小学生の時、

 友達の親に映画館へ連れて行ってもらったのがきっかけでした。

 といっても当時は映画は学校で指定されたものしか行ってはいけ

 なかったのですが・・・
 
 当然規則違反です。隠れるようにドキドキして映画館へ足を運びました。

 で、映画館を出るときにはいっぱしのヒーロー気取りでした。

 そう!私が見た映画とは「燃えよドラゴン」だったのです。

 この時初めてブルース・リーというカリスマにスクリーンという銀幕の中で

 出会ったわけです。

 この映画をこのタイミングで見ていなければ今日私が整体師としてまた

 一武道家として多くの方に身体の使い方や健康について講釈をたれるこ

 ともなかったかと思います。


 
それから間もなく「空手バカ一代」のブームが到来するのですが、一方で
 
 「週刊少年ジャンプ」に「リングにかけろ」というボクシングものが掲載され、

 その中で主人公が「パワーリスト」をしているのを見て早速スポーツ用品
 
 店を探すのですが、鳥取の田舎なのでそんなものを取り扱っている店は

 当時は皆無で、通販を利用することにしました。

 と言っても小学生ですから貯めたお小遣いで購入したのですが、初めて

 目にするパワーリストは漫画で主人公が付けているものとは明らかに異
 
 なる、ただのリストサポーターに鉛の板を張り付けただけの「ダサダサ」の

 ものでした。

 小学生だから腕も細く、パンチを打てばパワーリストがすっぽ抜けるという

 非常に危ない代物でした。

 「いや〜ぁあぶねぇ!」もう少しで窓ガラスを割って親から大目玉くらう

 ところでした。

 次に登場したのが主人公のライバルが使用した「アポロエクササイザー」

 なるNASAでも使用されているとのふれこみで、アイソメトリック(静的)運

 動により筋肉を鍛えると言う代物。

 当然のごとくお年玉をはたいて通販で購入。これはそれなりに気に入って

 おりました。

 なので今でも倉庫に眠っています。

 そして圧巻だったのが私が中学生の時にやはり通販で購入したもの。

 後で考えるとなぜこんな愚行をしたのかと恥ずかしくもあり、

 笑える代物ですが・・・・

 商品名は「天狗の鉄ゲタ」なる代物。

 名称からして「はぁ?」でしょう。

 ただ鉄製のゲタを1本歯にしたもので、シーソーみたいな形。

 ふれこみがバランス感覚を養いながら脚力や蹴りを強化するというもの。

 届いてはみたものの、いざ履いてみようとすると

 「はずかしぃぞ〜。一体どこで履けちゅ〜ねん。」

 こっそりと人目を避けて履いていました(って、「履いたんかい!」)。
 
 結局1ヶ月後には親が「おっ、いいものがある。」っと、漬け物石代わりに

 使われておしまいです。

 と、ここまではほんのエピソードで、まあ本当の話ではあるのですが・・・

 では、きちんと書きますね。
 
 武道を始めたのは、最初に書いたように1本の映画がきっかけでした。

 幼い頃は気管支も弱く、しょっちゅう風邪は引くし、ひ弱で、どちらかと言

 えば部屋で読書をしていることが多かったのですが、映画をきっかけに、

 心身を鍛えたいと思うようになりました。
 
 ただ始めようにも、なかなか道場が見つからず、ようやく見つけたのが

 少林寺拳法の道場でした。

 小学生の時ですから、見つけた時はルンルン気分でしたね。
 
 少林寺拳法は高校を卒業するまで続けました。高校時代に2回ほど全国

 大会にも出場することができました。

 大学受験の頃となり、友人と受験校の下見に行ったのですが、

 下見はほどほどに、空手道場を見学していました。

 この時見学していたのが現在「K-1」で有名になる前の「正道会館」です。

 当時の指導は後に伝説の空手家と称される中山師範が陣頭指導されて

 いました。
 
 当然、大学受験に失敗し浪人生活に突入。

 地元では甘えが出ると理由をこじつけ大阪で予備校生活を送りながら親に
 
 内緒で正道会館へ入門。

 都合4年半ほど正道会館にはいたでしょうか。

 ソウルオリンピックの前になり、正道会館に通っていた私の先輩がテコンドー

 に転向し、無差別級的な様相を呈していた空手界ではパワー不足を感じ

 はじめ、ウエイト制がきちんと整っていたテコンドーへ私も先輩の後を追うよう

 にして転向。
  
 その後は現在までテコンドーの世界に籍を置き、後進の指導をしています。

 細かくいえば、他にもかじったものはあるのですが、大まかにはこんなもの

 でしょうか。

 小学生の頃から身体を鍛えるということは日常生活の一部となって溶け込

 んでいたのですが、故障もありました。

 中学生の頃、陸上もしていたのですが無理な走り込みで腰痛となりいろ

 いろと治療を受けたのですが緩解せず、最終的には時間が経過し自然に

 緩和していたという感じでした。

 今考えると、腰が痛いのによりひどくするような事を正しいと思って平気で
 
 実行していたのですから治癒時間が長引いて当然と言えば当然なん

 ですが・・・

 今ではとても怖くて当時していたような治療は受けれません。

 過去にそのような経験もあったことと、自分の周りにも故障者が多くいたと

 いうこともあり、

 身体を鍛えたりトレーニングをすることと、健康になることってイコールなの?

 と、考えるようになりました。
 
 ウエイトトレーニングなど身体を鍛えながら(?)も故障は多い、健康とは何、

 身体を丈夫にすることって何だろう?

 と相矛盾する思いで日々過ごしていたのです。
 
 そんな時に出会ったのが、松原先生が執筆された「真実の健康法」という本

 だったのです。

 読んだ後には、これまで身体を丈夫にすることだと考えてやってきたことが、

 実は身体を悪くしていることだったということが理解できたのです。

 従来信じてやっていたことと逆のことを言っているのに、ひどく納得できたと

 いいましょうか、

 とにかくこれは松原先生に会わなければ
 
 と、問い合わせをしていました。

 その後松原先生のセミナーに参加し、徐々に松原先生の提唱される教えを

 吸収し、ますます身体の事、真実の健康というものを意識して研究するように

 なりました。

 幸いにも私は松原先生の門下生となり、松原先生が長年研究され提唱

 されてきた、考え方の集大成としての「開節法(かいせつほう)」という手技

 療法を学ばせて戴きました。


 
今回みなさんに提供する情報はこれまで松原先生が提唱されてきたことと

 私が長年かけてやってきた武道を通しての身体の使い方などを私なりに

 解釈し、スパイスを加えて、面白おかしく興味を持って読んで戴き、実際に

 実践することにより健康になるための基本的な考えと、意識の持ち方を身に

 付けてもらえることを願って作成しました。


 
どうかこの情報があなたに活用され、少しでもあなたの美と健康の道しるべと

 なることを祈っています。


                  開節法整体院ほっと&ホット 院長 福田義大



 






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